三島の水まつり

灯籠流しというものを初めて体験しました。息子に「どうして灯籠を流すの?」と聞かれて「お盆だからだよ」としか答えられない私。最近のなぜ、どうしての時期に、十分なインプットを与えてあげられていないなぁ、と自分の引き出しの少なさを痛感します。でも、息子と一緒に新しいことを学ぶのも悪くないかも。一緒「へぇ~そうなんだ」と驚きを共有できるのは今のうちですからね。

懐かしい人を思い出して、たまには静かに手を合わせてみることも大切だな、と思います。

実家にいるときはお仏壇の前に座り、一日一回はお位牌と向き合って「今日はこうだった、あーだった」と心のなかで会話をしていたのですが、実家を離れてからは、そういう習慣が無くなってしまいました。

灯籠に亡き父の戒名を書いて貰おうと思ったのですが、思い出せない・・・。

息子は「おじいちゃん、がんばれ~」とまるでレースをしているかのような声援を送り・・・。

父の灯籠を追いながら歩いていると、まるで父が側を歩いているような、護られている感じがしました。父をこんなに身近に感じることが出来る経験は今までそれほど多くはないので、嬉しくて、普段隠れているちょっと弱い自分が、素直に父に頼りたがっているような気分になりました。

橋を越えると、もう灯籠を追いかけることができません。

父がまた手の届かないところへ行ってしまうんだな~という寂しさで、なんとも複雑な気持ちでした。

大人になると、弱音を吐くことや甘えることを封印して、つい自分の器を越えた頑張りをしてしまいますが、お盆はそうした自分を少し緩めてあげられる時間なのかもしれません。

心のなかで父とじっくり語り合いたいと思います。